7月28日は、合衆国のハイチ侵略から101年

  • 2016.07.31 Sunday
  • 09:50

ハイチからみた二人の大統領候補について、合衆国は、歴史的にハイチで何をして来たかというteleSURの記事です。


合衆国の侵略から101年のハイチ、いまだ支配に抵抗中

(Haiti 101 Years After US Invasion, Still Resisting Domination

2016年7月28日 teleSUR発 (By:Justin Podur)

 

2016年1月、ポルトー・プランスで抗議中のデモ行進|写真:AFP

合衆国の大統領候補たちを、ハイチの視点から見ることができる。一人の候補には、そこにはたくさんの実績がある。もう一人の候補は、歴史的に見れば差はない。

 合衆国は、101年前の今日、ハイチに侵略し、その後占領した。それから19年間その地に居座った。占領の成果は、ハイチ国有銀行の襲撃、奴隷労働の再制度化、憎まれた国家警備隊と合衆国の企業、ユナイテッド・フルーツ社との25年契約といったものだった。

 侵略の口実があった。1915年のハイチ大統領の暗殺である。しかし、1世紀後に引き出された教訓となった、その出来事を理解するためには、侵略された方よりも侵略者の方をしっかりと観察することが必要である。

 2016年の合衆国は、人種差別や反移民感情を利用しようとする候補者と共に大統領選挙キャンペーンのなかで過ごしている。

 イラクとアフガニスタンという2大戦争での部隊を縮小しながらも、合衆国はいまだに、空爆やその地域でドローンによる爆撃、また世界中で隠れた行動を行っている。合衆国はいまだに、ハイチの政治と経済を決定する声である。別の言葉でいえば、ハイチの侵略から101年、合衆国は二つの顔を持っている。暴力的な人種差別的な不平等と帝国である。

 合衆国の大統領候補者を、ハイチの観点から見ることができる。一人はそこにたくさんの実績を持っており、もう一人の候補者は歴史的に見れば差はない。

 クリントンは、ハイチを親族のビジネスとして扱ってきた。20110年には、地震がこの国を破壊した。クリントン財団は、いまだに完了していないが、復興の段階では自分の役割を果たす多数の非政府組織の一つだった。ハイチの社会セクタは、すでにNGOによって引き継がれていたし、道路は、2004年に合衆国が指導したクーデターとその後の占領以来の、国連部隊によるパトロールが行われていた。

 クリントン財団は、ハイチの復興のための開発支援用に数億ドルの約束を受け取っていた。財団の仕事の最も収益性の高い事業部門は、2012年にオープンした、期待外れに終わったカラコル工業団地だった。それは約束されていたが、ハイチの低賃金の縫製加工工業の拡大には失敗した。長い間、外国の利益の源泉だったが、国内の発展にはほとんど寄与しなかった。

 ヒラリー・クリントンは、国務長官としてハイチの政治に自分を介入させた。ハイチの地震後の政治上の重要な時期に、クリントンの国務省は、大統領候補マイケル・マートリーの支援に力を注いだ。

 彼の選挙の正当性は疑わしいものだったし、彼の大統領職は、2015年に行われた別の不正選挙に反対して大衆が結集した時には、この国を憲法的な危機に導いた。その危機はいまだ続いていて、合衆国の介入に口実を与えていることは疑いようがない。

 ハイチに関するトランプの衝撃を想像してみるためには、1世紀前に遡ってみる必要がある。トランプがホワイトハウスへの止められない行進を続けているので、彼はイタリアのシルビオ・ベルルスコーニやその他のポピュストのバカな政治家と比較されている。1915年のハイチへの侵略者ウッドロー・ウイルソンは、一人の大統領が与えるダメージとしては、まだましな例かもしれない。

 ウッドロー・ウイルソンが大統領になった時、「再び偉大なアメリカにする」と最近言われていることを実行に取り掛かった。合衆国の内戦から数十年が経っていた。戦後の再構築は、街々や政府の活動場から人種差別を廃止する取組を引き起こし、新しく解放された黒人のための場所を作り出した。

 ウイルソンはこれらの取組をひっくり返し、合衆国における人種差別とアパルトヘイトを強化した。彼の政府は、連邦政府のオフィスに別々のバスルームを設置した。

 トランプが隔離を再導入することはありそうにないけれども、この状況に似たようなウッドロー・ウイルソンの支配の下では別のことが起きた、すなわち、白人自警団の暴力とリンチ。

 ウイルソンは、そのような残虐行為に対して寛大な環境を作った。1912年に最初に選ばれた時、ウイルソンは、「群衆の暴力」とか「人種差別の反乱」とか呼ばれていた、1917年中の白人の暴力に対する声明を出すことをただ避けていた。

 1919年にもっとすごい反乱が起きた時、この時は、第一次世界大戦から帰還した黒人兵士の民主主義的な衝撃を抑えることを計画した。NAACPは、ウイルソンに声明を出すように要請した。しかし、戦争中に黒人兵士を非戦闘的な役割に制限したのが彼自身、ウイルソンだった。

 対外政策におけるドナルド・トランプの発言は、予想通り、首尾一貫せず、無知なものだった。しかし、ウッドロー・ウイルソンの大統領職は、人種差別的な国内警察の活動領域が国内に限定されないことを提案した。

 ウイルソンは、合衆国部隊をラテン・アメリカ全体―メキシコ、ドミニカ共和国、キューバ、パナマ、ニカラグアともちろんハイチに送った。それによってこの地域は最悪になったかもしれない。奴隷の反乱によって独立を勝ち取って以来、人種差別者の怒りは、ハイチの歴史にずっと存在して来た。ウイルソンは、1915年から1935年にかけて占領している間、この島でその怒りを解放した。チョムスキーの「501年」は、合衆国の占領者が何を考え、どう行動したかに風味を与えている。

 「国務長官ウイリアム・ジェニングスは、ハイチ人のエリートが楽しんでいるのが分かった。『おやまあ!黒人がフランス語を話しているのを考えてみてください』と述べている。ハイチの事実上の支配者、海兵大佐L.W.T.ウーカーは、フィリピン征服でおぞましい残虐行為をした後、到着したばかりだったが、面白くなかった。「奴らはまさしく黒人で、間違いなく、表面の下は本物の黒人だ。いかなる交渉もあるいは黒人にお辞儀をしたり、けんかしたりすることを認めなかい」と彼は言った。特に、この血に飢えたけだものが嫌っていたのは、教育を受けたハイチ人だった。

 海軍次官補フランクリン・ルーズベルトは、遠い親戚であるテオドーレ・ルーズベルトの人種差別主義者の熱狂や殺人には決して近づかなかったが、仲間としての感情を共有していた。1919年に占領されたハイチを訪問で、彼は同行者に毎日のコメントを記録させた。同行者は後に占領を指導する民間の職員となった。

注目:選挙が遅れていることによるハイチの動揺

 ハイチの農業大臣に魅了されて、彼は「1860年に種馬目的でニューオーリンズのオークションに1500ドル持って行くと、自分に言い聞かせずにはいられなかった。」とFDRに話している。

 「ルーズベルトは、その話を楽しんでいるように見えた。1934年に大統領としてハイチを訪れた時、アメリカ大臣ノーマン・アーマーにそのことを再び話していた。」と(ハンズ)シュミットは記録している。

 チョムスキーは、ハイチについての合衆国エリートによる恐ろしい人種差別的なこの章を、以下の警告で結んでいる。「政治構造における人種差別の要素は、今日に至るまで何も減ってはいない。」

 ハイチ人の抵抗もまたしかり。

 1915年から1934年の合衆国の侵略者は、シャルルマーニュ・ペラルテによって率いられた反乱に直面していた。海兵隊は彼を暗殺し、ハイチ人を脅すように磔にされた彼の写真を配布した。その写真は、彼らをひどく怒らせ、国民の英雄としてシャルルマーニュ・ペラルテの自宅をセメントで固めた。

 もし、ハイチ人が合衆国の大統領選挙に発言するとしたら、この場合、トランプの新しいウッドロー・ウイルソンのリスクよりも、クリントンのよく知られた悪魔の方を選ぶかもしれない。しかし、帝国の問題は、市民しか投票できないことだ。合衆国は、101年前の主人の傾向を持ち始めた。

しかし、人民はずっと抵抗する。(N)

原文URL:

http://www.telesurtv.net/english/opinion/Haiti-101-Years-After-US-Invasion-Still-Resisting-Domination-20160727-0048.html

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趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

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