ロシア・ワールドカップで優勝した移民の子供たち

  • 2018.07.22 Sunday
  • 06:11

「レ・ブルー」がフランスをワールドカップ・チャンピオンにしたが、人種差別の少ない国ではない。

('Les Bleus' Made France World Cup Champion, But Not Less Racist Nation)

2018年7月15日 teleSUR(By Marion Deschamps)発

 7月15日に、たくさんのフランス人が、ロシアワールドカップでクロアチアに対するレ・ブルーの勝利を祝っていた。しかしながら、公式には「保安上の理由」で、パリから郊外へ通じるすべてのバスと地下鉄の路線がその夕刻早々に閉鎖されたので、すべてのフランス人がお祭りに参加できたわけではない。

 2018年ワールドカップのフランスチームの23人のメンバーのうち、19人はそのような郊外に住んでいる移民世代の息子たちである。そこでは単に交通手段以上に、差別が当たり前のように地元の住民に影響を与えている。アルゼンチンを破ってレ・ブルーが準々決勝に残ったわずか3日後に、武器を持たない22歳の黒人アボバカル・フォフォナが、数日間のお祭り騒ぎが原因でナンテス市の西部で白人警察官に撃たれて死亡した。

 黒人や褐色の選手がどう見えようと問題ではない。このチームは世界中から「6番目のアフリカのチーム」と綽名されていたのだが、極右の反移民国民戦線党のずけずけ発言する代表マリン・ルペンを含めて、フランスは勝手に彼らの勝利を祝った。

 1998年にレ・ブルーがワールドカップで優勝した時と、今回の見かけ上の国民的統一の勢いはどれ程違うのだろうか?マリン・ルペンの父親、強硬派ジーン・マリーが大統領選挙の決選投票に持ち込んだ数年前のことである。

 1998年の勝利と一緒にフランスはこの国がどれほど民族的に多様なのかを突然認識し、主要メディアとエリート政治家によって普段描かれていた不良少年と違って、最終的にはTVで見る黒と褐色のフランス市民を好意的なイメージで見た。このびっくりするような発見は、根本的に多様性を持つ国を定義する「Black-Blanc-Beur」という新しい言葉と新しい神話を作り上げることになった。

 今でも、この言葉は標準的な「blanc(白)」はそのままだが、「Noir(黒)」の代わりに英語の「Black」と「Arab」向けの日常会話の言葉「Beur」が選ばれている。「Beur」という言葉は、歴史家パスカル・ブランチャードのドキュメンタリー「レ・ブルー、もう一つのフランスの歴史」によれば、フランスが多様性という神話と共に不快なものを残している初期の兆候である。

 1998年には、このチームにはアラブを出自とする一人の選手(ジネディーヌ・ジダン)と二人のアフリカ人の子孫パトリック・ビエラとガーナ生まれのマルセル・デサイリーがいた。二人ともフランスの社会的に見捨てられた郊外で育っている。それでも、フランスチームの構成に重要な変化が見られ、1962年のフランス・アルジェリア戦争が終わって以降、移民を起源とする選手の復帰が象徴となった。

 1998年以前は、不法滞在の市民と郊外に住む非行少年の論争でフランス政治が過熱していた中で、ジダンはチェコ共和国に敗れたことで批判の的となっていた。しかし、1998年の優勝の後は、ジーン・マリー・ルペンでさえ、控えめであれマルセエーズを「適切に」歌わない選手に対する批判を抑えていた。

 逸話では、ルペンが大統領選挙で第1ラウンドを通過した時、ジダンは彼の選手生活の中の非常に特有な時期に態度を明確にし、「フランスの価値を代表しない」と考えられる党には投票しないようにフランス人に促した。彼はルペンの名前を口に出すことを拒み、その代り「もう一人の人」と言った。ルペンに関してはどうかといえば、1998年の優勝の後、彼は「フランス領アルジェリアの優れた子供たち」としてジダンについて言い始めた。ジダンの完全なフランス市民権を拒みながら、フランス植民地主義の「肯定的な遺産」を強調する手段の一つとして。

 2000年のユーロカップで優勝した時には、レ・ブルーは幸せな多様性フランスのどこにもある顔となり、外交会議やTV広告に参加するように求められた。

 しかしながら、現実とのギャップは2001年10月のアルジェリアとの親善試合ですぐに目に見えるようになった。その時、数十人のサポーターが、フランスのアイデンティティの複雑さを表す手段として、グランドに侵入して試合を妨害した。

 しかし、この行動は、フランス・アルジェリア戦争の記憶が鮮明で、別の理由でリリアン・テュラムが激しく非難していた保守的なフランスでは違った風に理解された。その試合は9/11の僅か1か月後の行われたことからも、郊外に住む若者はフランス市民としての全く相応しくない行動を取った証拠として理解された。

 このような事件が2007年のモロッコ、2008年のチュニジアで繰り返されると、フランスの過去の植民地時代の傷口をさらに広げる機会となった。

国際大会でナショナルチームが敗北した時、分裂はあからさまになった。2006年のワールドカップでジダンの頭突きによってドイツに敗れた時、ジダンがマルセイユ北部の郊外で育ったので、最初の衝動は郊外の若者を非難することだった。しかし、それは直ぐに1998年の国民的ヒーローへの共感へと変わった。もし誰かが彼らの姉が侮辱されたら(ジダンは侮辱されたと主張している)同じように反応しただろうと、すべての政党の政治家たちは簡単に認めてしまうかもしれない。

 フランス人赤ちゃんを瀕死の状態から救うために最近フランス国籍を提供された不法滞在のマリアン市民と同様に、ジダンは十分に赦免されるに値すると見なされた。

 しかし、前世代にようにフィールドで同じような勝利を獲得することに失敗したならば、彼ら次の移民の世代を代表している次の世代の選手たちはそううまくは行かないだろう。

 フランスとサッカーチームの間にある無関心さは、2010年の南アフリカワールドカップと「クナシナ・ゲート」の期間中に選手たちが管理に対してストライキを始め、レイモンド・ドメネク・コーチを侮辱したとされたニコラス・アネルカを出場停止処分にした決定に抗議し、トレーニングを拒否した時に表面化した。

 祖国に帰るとアネルカは18試合の出場停止で、パトリセ・エブラには5試合、イスラム教への改宗でマスコミを賑わせていたフランク・リベリは3試合の出場停止となった一方、最終的にストライキを決定する手紙を書いたことを認めた白人フランス人で北西部のブルターニュ地方出身のジェレミー・トウラランは1試合だけの出場停止処分となった。

 ドメネクは結局、アネルカが当時メディアの報道にあるような侮辱を彼がしてはいなかったことをインタビューで認めたが、世論は、彼らがマルセイエーズをどれほど熱狂的歌うことから、チームのバスの外で不吉なヘッドホンを着けていることへと、この子供たちが多様なフランスの失敗を表していることを示すすべての兆候を過剰解釈したのかもしれない。ミシェル・プラティニでさえ、歌詞が暴力的過ぎることが分かったので自分が試合前にマルセイエーズを大声で歌わないようにすることによって緊張を抑えようと無駄なことをした。

 今日のもう一つの世代の選手たちはワールドカップを祖国へ持ち帰ったが、イスラム教徒であることを公然化しているポール・ポグマのように、「十分なフランス人」ではないのではないかという疑いを確認する無礼な詳しい吟味が彼らには残されている。ポグマが今日のクロアチア戦で3ゴール目を決めたのでつかの間は批判から免れる休息が期待できるかもしれない。

 フランスの大統領エマニュアエル・マクロンはカメラの前で、一人一人の選手を大いに称賛したが、このことはフランスが最近、イタリアの極右政府が避難所を求める難民に上陸を拒否した時、海で足止めされ飢えに苦しんでいる多くの亡命希望者に援助の手を差し述べることをしなかったという事実を消すことはないだろう。

 一方、レ・ブルーは、フランス社会が望む色になることはできるが、十分なフランス人ではないというシミは消されることはないだろう。(N)

原文URL:

https://www.telesurtv.net/english/analysis/Les-Bleus-Made-France-World-Cup-Champion-But-Not-Less-Racist-Nation-20180715-0021.html

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趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

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