反帝国主義の戦士マラドーナ

  • 2018.06.08 Friday
  • 05:36

「ウーゴ・チャベスはラテン・アメリカの考え方を変えた。我々は米国に従わされていたが、彼は我々が自分自身の力で歩くことが出来ることを我々に見せてくれたのだ。」


マラドーナはラテン・アメリカの反帝国主義をどれほど支援しているか

(How Maradona Supports Anti-Imperialism Across Latin America)

2018年6月6日 teleSUR発

Maradona and Chavez protest the Free Trade Area of the Americas during the 4th Summit of the Americas at Mar de la Plata, Argentina, Nov. 4, 2005

アルゼンチンのマル・デ・ラ・プレタでのアメリカ諸国の第4回首脳会議でアメリカ諸国の地域自由貿易協定に抗議するマラドーナとチャベス。2005年11月4日。|写真:EFE

 

アルゼンチンのサッカーのレジェンドは、同国人「チェ」・ゲバラの歩みを追って、この大陸の社会的理念の強力な支持者である。

 何年にも亘って、アルゼンチンのサッカーのレジェンド、ディエゴ・アルマンド・マラドーナは、帝国主義に反対して立ち上がり、この地域と国外でのもっと平等で公正な社会を求めて闘っているラテン・アメリカの諸政府の強力な支持者であることを証明して来た。

 彼は、同国人の革命家「チェ」・ゲバラの肖像を腕に、そしてキューバの革命家フィデル・カストロの顔を足に入れ墨をしている。キューバに対する彼の愛情は、同国を訪れ、フィデル・カストロと話をして長い時間をかけて鍛えられ、彼が大切にしてきたこの大陸における新自由主義政策に対する断固とした批判者となった。

 彼の政治的立場が批判を浴びたとしても、フィデルがかつて彼「理念は交渉できるものではない。」といったように、マラドーナは確個たる理念を持ち続けている。

 ディエゴ・アルマンド・マラドーナは、メキシコでのワールドカップでアルゼンチンが優勝した翌年、1987年に初めてキューバを訪問した。その時から、フィデル・カストロ議長との強い友情が生まれ、フィデルを深く称賛し、度々同島を旅行していた。

2005年10月26日にハバナで行われたインタビューの最中にマラドーナと遊ぶフィデル・カストロ。|写真:EFE

 

 マラドーナは、キューバとその政策の強力な擁護者となり、フィデルと革命の強い社会的信念によって魅了された。

 2000年には、フィデルは、サッカーのスーパースターが薬物依存と闘い、リハビリが必要な時に、彼を『ペドレラ・クリニック』へ招待した。5年後、マラドーナはすっかり良くなり、TVショーで司令官にインタビューした。このインタビューはキューバの大統領官邸で行われ、5時間続いたと言われている。

 マラドーナは、アルゼンチンチームを応援していた時、クロアチアでフィデルが死亡したというニュースを聞いた。彼は大会の後、同島を訪れ、司令官に敬意を捧げた。「彼は私にとって父親のような存在だった。彼はアルゼンチンが私を締め出している時、キューバへの扉を開いてくれた。」とその時マラドーナが語っている。

 「昨夜聞いた時、私は地獄のように叫んだ。今日、彼は旅立とうとしているが、彼は、チェのように、チャベスのように我々を導き続けてくれた。我々を天国から導くことができる者が天国へ旅立とうとしている。」

 彼をもう一つのカリブの国へと惹きつけたのは、マラドーナがキューバで見た社会正義を求める同じ闘いだった。

 マラドーナはベネズエラのボリバル革命に魅了され、同国を何度も訪れ、またエボ・モラレスやルラ・ダ・シルバともそこで会った。チャベスとの友情はフィデルほど語られていないけれども、彼は司令官と彼のプロジェクトを大いに称賛していた。

ベネズエラのサン・クリストバルで行われたアメリカズ・カップの開会式でエボ・モラレス(中央)とウーゴ・チャベス(右)と並ぶディエゴ・マラドーナ(左)。2007年6月26日。|写真:EFE

 

 2010年にチャベスは、マラドーナの記者会見に参加して彼を驚かせたことがある。楽勝を求めてカリブの国との対戦を望んでいた頃のベネズエラ・サッカーの最悪の時を思い出しながら、「いつか、我々はアルゼンチンとブラジルを破るようになる。」とチャベスが述べた。

 司令官が亡くなった時、マラドーナはその後友情を確立し、無条件の支持を続けているニコラス・マドゥーロ大統領と一緒に墓地を訪れていた。

 「ウーゴが私に残したものは、偉大な友情であり、信じられない程の政治的見識だった。ウーゴ・チャベスはラテン・アメリカの考え方を変えた。我々は米国に従わされていたが、彼は我々が自分自身の力で歩くことが出来ることを我々に見せてくれたのだ。」とチャベスの死後、マラドーナが語っている。

 マラドーナは、マドゥーロ大統領への支持を通じてボリバル革命への支持を続けており、困難な時をマドウーロと共に歩んでいる。

 「諦めてはいけない。サッカーでは、例え3対1で負けていたとしても問題ではない。決して諦めてはいけない。諦めてはいけない。あなたはベネズエラの人々にあらゆるものを与えているのだ。マドゥーロ万歳!」とマドゥーロに話した。「我々はニコラスの兵士だ。私は彼を支援するためにここに来た。」

 マラドーナはマドゥーロを何度も訪れ、キャンペーン・イベントで彼を支持した。社会主義とラテン・アメリカの主権を支持する、彼の強い政治的な姿勢はいつも右からの批判を受けてきた。

ベネズエラのニコラス・マドゥーロ大統領が国旗にキスするよう身振り手振りで話すマラドーナ。2018年5月17日、ベネズエラ、カラカスのキャンペーン集会で。|写真:Reuters

 

 チェのように、マラドーナは自分の国の政治だけに集中するのではなく、国境を越えて連帯を拡大している。彼は遠くにいてもそのことを理解している。

 「フィデルとチェを愛しているすべてのアルゼンチン人の名において、私は許しを請う、何故なら、絶対に何も知らない大統領を抱えているからだ。私はキューバの兵士である。私が全くなるつもりがないマクリの兵士になる代わりに、キューバが必要とするあらゆることに対応できる。私の体すべてをこの旗に捧げよう。」とチェを真似ながら彼は語った。(N)

原文URL:

https://www.telesurtv.net/english/news/How-Maradona-Supports-Anti-Imperialism-Across-Latin-America-20180606-0018.html

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趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

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