モンサントが独の化学メーカー・バイエルと合併、種子と農薬の4分の1を占めることに

  • 2018.04.29 Sunday
  • 06:23

野党は共同で、今年廃止された種子法を復活させようとしていますが、このままではただでさえ危うい食料主権は完全に無くなってしまいそうです。


農薬の巨人モンサントが数十年に亘ってどれほど環境と人間の命を破壊してきたのか

(How Agro-Chemical Giant Monsanto Been Destroying Environment, Human Lives for Decades)

2018年4月22日 teleSUR(By Manmeet Sahni)発

 1995年、米国の環境保護局EPAは、有害廃棄物を投棄している破滅的な企業5社にモンサントをリストアップした。モンサント社は、大気中、水中及び陸上に約3,700万トンの有害廃棄物を投棄していると記録されている。

 4月10日、米国の裁判所がドイツの化学会社バイエルとモンサントの合併を許可するという恐ろしいニュースが、「この惑星にとって悪いニュース」の先触れとして環境保護運動家に警告を発した。バイエル=モンサントの合併は、世界の種子と農薬市場の4分の1以上を占める会社を誕生させることになる。

 この二つの会社は個々に環境に大きな害を与えてきたのだが、環境保護運動家たちが数か月に亘って抗議してきたこの合併は、著しく強くし、闘いを難しくする。

 十分に被害をもたらせてきたモンサントは、数百の訴訟の重荷に耐えながら、政府内部の組織とロビーグループのおかげで世界の農産業を支配する道を進んでいる

 インドからブラジルまで、モンサントの有害物質は数百万人の人々の生活に影響を与えてきた。

 南アメリカでは、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイとボリビアといった国々が世界最大の大豆生産地として知られている。

 数年前、カリフォルニア大学のミゲル・A・アルテリとアルゼンチンのブエノスアイレス大学のウォルター・A・ペンゲが行ったラテン・アメリカにおける大豆生産の歴史についての集中的な研究は、この産業の中で気掛かりな研究結果を発表した。

 「1961年以来、大豆は57倍に拡大し、生産量は138倍に増加した。パラグアイではこの国のすべての農地の25%以上で大豆が生産され、アルゼンチンでは2000年に約1,500万ヘクタール、3,830万トンが生産された。この拡大すべてが森とその他の居住環境の犠牲の上に飛躍的に生じている。パラグアイでは大西洋森林のほとんどが切られている(ジェイソン2004)。」とアルテリとウォルターが2006年の研究「GM大豆:ラテン・アメリカの新しい入植者」で報告している。

 「アルゼンチンでは11万8千ヘクタールの森林が大豆生産のために伐採され、サルタでは16万ヘクタール、サンチャゴ・デル・エステロでは22万3000ヘクタールという記録がある。ブラジルでは、セラードとサバンナが急速なペースで耕作の犠牲になっている。

 この二つの研究は、「ラテン・アメリカの大豆の拡大は、ブラジルとアルゼンチン、パラグアイ及びボリビアにおける生物多様性に対する最新の強力な脅威を表している。遺伝子組み変えの大豆は、その生産方法から派生する影響に加えて、主に大量の除草剤の使用と遺伝子汚染のために、他の作物よりもはるかに多大な環境的な被害を与えている。」と結論している。

 3月の報告「避けられる危機」は大豆と肉の生産を広がる森林破壊、火事およびアルゼンチンとパラグアイ国境のグラン・チャコ地域における人権侵害と結びつけている。アルゼンチンの死因の19%がガンとなっているが、この国の大豆生産地域ではガンは死因の30%以上となっている。ガンはチャカオにおける農薬と化学肥料の使用が広まっていることへの不安を拡大している。

 しかし、農薬大企業の責任を問う代わりに、米国政府の代理人と世界中のその仲間は、むしろ助成金と契約を与え続けている。

 

【モンサントの化学薬品の忌まわしい歴史】

 

 モンサントはミズーリ州に最初に製薬研究所を開いた1901年にビジネスを操業した。会社の設立者ジョン・F・キーニーは、彼の妻で、エマニュエル・メンデス・モンサントの娘オルガ・モンサント・キーニーにちなんで名付けた。義父は創業時に会社に資金を提供してもいる。この会社は、最初は砂糖の6分の1のコストだったサッカリンを生産した。

 1907年に米国農務省USDAは、砂糖をサッカリンに置き換えることが純正食品および薬品法、消費者保護法に違反するかどうかを検証する調査を始めたが、サッカリン消費者であった当時の米国大統領テオドレ・ルーズベルトは調査に反対した。

 1911年、USDAは砂糖を使えない人々のために、医療目的以外のサッカリンを禁止した。

 第一次世界大戦中に、モンサントは初めて戦争の不当利得行為へと危険を冒し、砂糖不足でできた隙間に人口甘味料を穴埋めしようとした。政府はサッカリンについて当初設定したいくつかの制限を撤回することを余儀なくされ、加工食品に広く使われることが認められた。後に、1950年代には人口甘味料は、低カロリー食品として大幅にカムバックした。

 ほぼ20年後、モンサントは化学工業、薬品工業へと拡大し、PCBポリ塩化ビフェニールと並んで、とりわけ世界最大のアスピリンとアセチルサリチル酸メーカーとなった。

 「PCBは工業用の驚異的な化学物質で、燃えず、劣化せず、ほぼ無限の用途があるオイルだと考えられていた。今日では、PCBはこの惑星に最も重大な脅威を与える化学物質の一つと考えられている。広く潤滑油、油圧油、切削油、防水塗料、液体シーラントとして使われてきた強い発がん物質であり、生殖、発育と免疫系障害に関係している。世界のPCB生産の中心は、イリノイ州東セントルイスの外れにあるモンサントの工場だった。それによってこの州では胎児死亡と早産が高い率となっていた。」とグローバリゼーション研究センターは2014年の記事で指摘している。

 50年後PCBは禁止され、後にモンサントはその化学物質が致命的な副作用があることを十分に認識していたが、他の多くの場合と同様に、公衆には隠すことを選択していたことが裁判の文書で明らかになっている。

 多分、モンサントの明らかなダメージの一つは戦争への強い関心に辿ることが出来るかもしれないが、それを通じて米国の戦争マシンの重要な構成要素となり、米国政府と共に長い曲がりくねった業務を開始した。

 

【米国政府のモンサントの化学戦争戦略の利用】

 

 1943年のデイトン・プロジェクトを通して、モンサントのチャールズ・アレン・トーマスは、米国政府主導のマンハッタン・プロジェクトの共同監督に採用された。マンハッタン計画は初めて原子爆弾を製造し、広島と長崎に落としたところであり、原子爆弾は数十万人の日本人や朝鮮人と米軍部隊やサービスマンを殺し、一方で数百万人を中毒状態とした。

 その後、モンサントの戦争不当利益行為はベトナム戦争へと続いた。そこではモンサント製の致命的な化学物質、除草剤あるいはさまざまな枯葉剤を使って「ジャングルを剥がす」ために「エージェント・オレンジ」を使用した。

 1961年から1971年にかけて、ベトコン部隊が隠れるのに役立った植物をはぎ取るために、米国はベトナムで7,300万リッター以上の化学物質を噴霧した。米軍はまた耕作された土地を標的として、作物を破壊し、北と南ベトナムの再統一に全力を挙げている政党、主に共産主義者の民族解放戦線による米の生産と分配を妨害した。

 「エージェント・オレンジ」のもう一方の生産物であるダイオキシンは、それが食物連鎖に入り込んで、ベトナムの住民に直接影響を与えたことが知られており、出生異常やベトナムで10年以上に亘って推定210万から480万人のベトナム人民のガンの原因となった。その結果、その有害性は数十年後にまで続くことになり得る。

 1980年代から、エージェント・オレンジを生産した会社、とりわけ『ダウ・ケミカル』、『モンサント』と『ダイアモンド・シャムロック』に対して起こされている幾つかの訴訟は最も注目に値する。

 2002年のワシントンポストの報告は、米国における化学物質生産の恐ろしい影響を詳細に述べている。

 「1966年、モンサントの経営者たちは、その小川に投げ込まれた魚が10秒以内に腹を上に向けて死に、沸騰したお湯に放り込まれたかのように血を吹き出し、皮がはがれることを発見していた。」彼らは、「限定的な放出では極端な被害に至る事態はほとんどない」と結論づけた。1975年に、ある会社の研究がPCBはネズミに腫瘍を引き起こすことを突き止めた。

 PCBの有害性についてのこの報告書の発見を認める代わりに、モンサントは反対に、「若干の発がん性」から「発がん性は現れなかった」に結論を変更するように命じた。

 1979年、EPAはポリ塩化ビニール(PCB)の製造を禁止し、ほとんどのPCB使用を段階的に廃止した。

 同じ年、元共和党の大統領候補で、当時のコンサルタント会社『ベイン&カンパニー』の副社長だったミッツ・ロムニーは、化学産業の大部分の清算を開始し、農業関連の製品へと農業へ転換するように、モンサントを改革する手伝いをした。

 モンサントは、また論争の多い人口砂糖甘味料アスパルテームを使って成長する食品生産に投資した。アスパルテームは一般にダイエット炭酸飲料やその他のダイエット食品、幾つかの研究が腫瘍や脳の空孔の原因となると断定している「等価物」と同類の商品に使用されている。

 1995年にモンサントはアスパルテームの特許を取得した『サール』社を買収した。アスパルテームに見つかった危険を隠ぺいするために調査を遅らせた、当時の米国の弁護士は後にサール法律事務所との提携を依頼されている。

 『サール』の新しいCEOで、1981年にレーガン政権に加わっていたドナルド・ラムズフェルドは、新しいFDA理事にオーサー・フル・ヘインズ博士を押し付けた。ヘインズは1981年から1983年までその地位を務め、サールに関するお役所の仕事を棚上げした。その結果市場は再びアスパルテームで溢れた。食料品店にある数千の商品がそれを使っているように、アスパルテームは広く使い続けられている。

 モンサントはオバマ政権の下でアフリカへ進出し、アフリカ大陸全体に広がる数十憶の契約を基本的にモンサントが結んだ。

 米国食品医薬品局USFDAの現在の食料局理事代理マイケル・テイラーは、何度もモンサントへ出入りし、同社でいくつかの高い地位を務めていた。

 

【製薬(Pharma)かFarmaか、モンサントが不安を摘み取る】

 

 もう一つの悪質な発見が1940年代にあった。その時、モンサントに資金援助された「栄養学研究」のふりをして、私立のバンデルビルト大学は819人の妊娠している女性に放射性鉄を与えた。かなり後になって、この女性たちは大学を訴え、訴訟和解金として1300万US$を受け取った。

 そしてすぐに1944年から1957年にかけて、有害な殺虫剤であるジクロロ・ジフェニル・トリクロロエタン、DDTを生産して、モンサントは有害な農薬商品の市場へと広げた。DDTは米国中の畑や農場に散布された。第一次世界大戦時にはマラリアの予防薬として使われていた。

 モンサントが「素晴らしい薬品」として巧妙な宣伝キャンペーンを続けたので、この有害な殺虫剤は米国で使われ続けた。

 DDTの使用は、卵の殻をとても薄くしてしまうことによって鳥の個体数に大きな影響を与えた。

 米国の国鳥である白頭ワシを含む、タカ、ペリカン、ミサゴといった鳥の生物種が絶滅危惧状態となっているのはモンサントのせいである。

 国民の怒りのために、米国では1972年にDDTは禁止されたけれども、南半球の多くの国では蚊の対策とマラリアなどの病気予防のために使われ続けている。

 例えば、4倍の乳がんリスクともつながるDDTの使用は、有機塩素系殺虫剤や残留性有機汚染物質がこの国の多くの場所で使い続けられていると分かっているインドのような場所では今でも普及している。

 引き起こした破壊に関する無神経さについて言えば、1972年に『ビッグ・アグラ(Big Agra)』に進出したモンサントは、それまで1世紀以上この業界にいたADMやカーギル、BASFといった同業者を凌駕するようになった。

 インドでは、専門家はモンサントの農産業への進出を農民の自殺の増加と結びつけている。彼らには高額で手の届かない遺伝子組み換え種子や化学肥料、殺虫剤をとても買う余裕がないからである。

 これらの遺伝子組み換えの種子は、通常入手可能な種子の約4倍の値段である。

 最も人気のある種子の一つは、マヒコ=モンサント・バイオテックが開発したボルガードで、ボルガードは遺伝子学的には土壌細菌(BT)の遺伝子と綿の木に有害だと分かっている害虫であるワタアカミムシガの幼虫に有害であるタンパク質を操作したものである。

 インドで一般的に使われている農薬の多くは西洋では禁止されている化学物質を含んでおり、これらの高価な商品を購入するために貧しい農民は、高い利子で金を貸す高利貸しに近づいていく。

 伝統的に、農民は来年使う種子を保存しておく。だから例えば、春に作物を植え、秋に収穫するとすれば、それを回収して次の春に使うために冬の間はきれいにしておく。

 しかし、この陰険な農業化学大企業は、最近世界保健機構WHOのガン局がガンとの直接の因果関係を指摘している、発がん性物質グリサホートを含有している除草剤ラウンドアップにだけ耐性を組み込んだ遺伝子組み換え種子を開発した。

 これらの遺伝子組み換え種子の特許を取得したモンサントは、独立した生計を立てていた世界中の低収入の農民を生き地獄へと突き落とした。

 「米国特許商標局は、その歴史のほとんどすべての期間で、種子に関する特許の承認を拒否しており、特許を与えるには生命体は要素が多すぎると評価していた。それはウィジェットを説明するようなものではない。」と食品安全センターの法務責任者ジョセフ・メデリソン3世が話している食品安全センターは数年間、アメリカの田舎でのモンサントの活動を追跡し、モンサントに関する2008バニティ・フェア調査に言及している。

 しかし、1980年に米国最高裁判所は、「少数の企業が世界の食料供給を支配する基礎」を与えることになる種子をウィジェットへと転換する決定をモンサントが利用する道を開いた。この決定で、裁判所は「生きた人口微生物」を対象に含めるように特許法を拡大した。

 最も新しい破壊的な農薬の一つ、ラウンドアップは1990年代に市場に導入された。それには致死的な化学物質グリホサートが含まれている。モンサントのラウンドアップという有害な化学物質の散布に対処するために、モンサントはラウンドアップ耐性植物を設計した。

 『インディーズタイムズ(In These Times)』誌によれば、2014年に「モムズ・アクロス・アメリカ(Moms Across America)」は体内のグリホサートを検査するために母乳のサンプルを採取し、その結果サンプルにはモンサントが製造した除草剤の化学物質が含まれていると結論づけている。

 一般的に使われている除草剤で、ラウンドアップの主要成分であるグホサートは、家庭の庭と公園やスポーツ施設、それに世界の各地の多くの農場で見かけられるが、このように人間生活の中に入り込んでいる。

 2016年のもう一つの調査は、米国市民の93%が、尿の中にグリホサートが検出されたことを明らかにした。それについて世界保健機構ガン部会は2017年に「発がん性」と分類した。(N)

原文URL:

https://www.telesurtv.net/english/analysis/How-Agro-Chemical-Giant-Monsanto-Been-Destroying-Environment-Human-Lives-for-Decades-20180419-0013.html

コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM