キューバ:ハリケーンの被災国にも制裁を強化する冷酷な米帝国主義

  • 2017.09.26 Tuesday
  • 10:18

最近、テレスールへのアクセスが遅くなり、特に、この記事は開くだけでも四苦八苦だった。


 イルマに立ち向かうキューバ:「“¡Saldremos adelante!”」(前に進むだけだ!) 

(Facing Irma in Cuba: “¡Saldremos adelante!” (“We Can Only Move Forward!”)

2017年9月22日 teleSUR(By: Arnold August)発

People line up for potable water from a government-run water tanker after Hurricane Irma caused flooding and a blackout, in Havana, Cuba September 11, 2017

ハリケーン・イルマによる浸水や停電の後、政府が支給する飲料水のために列を作る人々。2017年9月11日。|写真:Reuters

 

「キューバは、前例のない国際連帯を作りながら、社会的に文化的に一層進化する。」アーノルド・オーガスト。

 「前に進むしかない!」 これは、イルマが首都を襲った翌日に、ハバナへ電話した際に、一人の仲間が叫んだ言葉である。家族、同僚や近隣の人たちはどうしていると訊かれた時、彼らは同じように答えた。「我々は戦士だ。我々は決して負けない。復興のために闘っている。」

 こういった態度にもかかわらず、彼らは皆一致して、キューバの状況は、「危機的」であり、約85年で最も被害を被ったと強調した。これは、ラウル・カストロの人民へのメッセージ「誰もバカにされるべきではない。我々の前にある仕事は、巨大である。」と言ったことと一致する。他の同僚は、キューバのトレードマークの連帯は、イルマの猛威がハバナに接近している最中に、すぐに強くなり、広がったと、感想を述べた。例えば、小さなアパートで調理用の電気もガスも無く、一つの家族が、住民みんなのために、腐ってしまいそうな冷蔵庫の食材を使って、炭を使って食事を準備していた。ジャーナリストの他の同僚は、他社の放送局の本社を利用する許可を得たおかげで、電気のないオフィスに残っていたにもかかわらず、彼女の記事を締め切りに間に合わせることが出来たことを詳しく話してくれた。上記の例や他の沢山の例すべてに、ラウルの声明「我々のような国民は、最も重要な闘い、すなわち復興に打ち勝つのだ。」が反映している。

 実際、最初に電話で会話した3日間だけは、同じ人が電気とガスは復旧したが、しかし悲しいことに、北海岸の小さな町は、通常のサービスや住宅が復旧されるには、まだまだ時間がかかるほど破壊されたという報告が寄せられた。

 

【キューバ革命と敗北という観念は、相容れない】

 キューバ革命は、敗北という意味を知らない。同様に、集団的及び個人の心に、不安や絶望という観念は受け入れない。この新しい意識は、1959年以来、キューバで発達し始め、逆境に面する中で、数十年以上に亘って、固められ、深められた。このユニークな特徴は、イルマ以前にも顕著ではあったが、この2週間でさらに証明するようになった。イルマの前後の劇的な日々の最新の表情は、キューバ憲法の最初の2つの条文について考えずにはいられなかった。それには、キューバ市民は、「祖先によって育まれた、闘争性、堅固さ、勇気と犠牲を表す。」と書かれている。この最初の例は、「服従より絶滅を選んだインディアン」である。16世紀のタイノ・インディアンの首脳であったハツェイは、キューバの伝説的人物である。1512年2月2日に、ハツェイは、スペイン人の野営地で、火炙りの刑で拘束され、生きたまま焼かれた。火が点けられる直前に、神父は、彼に精神的安らぎを与え、そして、クロスを見せて、イエスを受け入れて天国へ行くように彼に求めた。「あなたのような人々が天国にいるのですか?」と彼は尋ねた。「私のような者は、天国に一杯いますよ。」と神父は応えた。ハツェイは、自分の名においてこのような残虐行為が実行されるのを許すような神とは関わりたくない、と答えた。

 この先住民の断固とした性格は、今日、キューバ人民の中に残っている。全体として、キューバ国民を例外として、ヨーロッパの人民、国民とその子孫が、同様に言われることはない。一つ、あるいはその他の逆境に対峙してきたキューバは、消すことのできない集団性という特徴を示している。連続するハリケーン、モンカダ、1959年以後のこの島への度重なるテロ攻撃、ピッグス湾、あるいは元USSRと東ヨーロッパの社会主義諸国の崩壊(キューバ経済の85%が巻き込まれた)などがあろうと乗り越えてきた。すなわち、敗北を受け入れることは不可能である。

 

 キューバがこれを成し遂げたのは、1959年以後だけでなく、19世紀の後半の独立戦争に遡ることが出来る。この歴史的時代の注目すべき実例は、バラグアの抵抗である。キューバ独立の闘士アントニオ・マセオは、彼は負けたと感じていなかったので、敗北を受け入れることが出来なかった。彼は闘いに勝ち続けており、素晴らしい軍事組織を持っていた。バラグア(東キューバ)でのスペインとの会談で、彼は平和協定の条項に強く反対した。それはスペインに対する抵抗という懐柔的な項目を認めており、譲歩という約束を脇に置いて、侮辱的で軽んじられた協定だと見なしていた。よく言われるように、キューバは永遠のバラグアである。

 永い革命過程の中にいる人民と国家としての革命化された精神性を持ち、新しいしっかりとした自覚で置き換えながら、不安や敗北を消し去るという、このキューバ人民の特徴は、逆境に対する必然的な勝利によって元気づけられているだけでなく、今世紀には歴史的な重要性をも持っている。ラテン・アメリカでは、全体として、まだベネズエラ人民、あるいは民族を貫いてはいないけれども、ボリバル革命(800万人以上の先駆的な人民を擁して)が、もう一つの実例である。

 数千年の間、先住の人民の間に存在していたように、キューバ人民の圧倒的多数が、この新しい意識に到達したかのように見える。この後者の考え方は、一般的には、ヨーロッパの民族やその子孫の間にはない特徴的な性格として、完全に違うメンタリティを構成している。新しい国民としての、スペインやその他のヨーロッパ人、アフリカ人、中国人その他のキューバ人の子孫は、1868年以来の革命闘争の過程の中で、1953年のモンカダ襲撃後の新しく点火されたスパークと共に成長してきた。この恐れを知らない考え方や同様の行動は、ヨーロッパの遺産よりも先住の人民の遺産の方をはるかに共有する、完全に新しい民族的独自性へと統合されたように見える

 

【「適者生存?」】

 後に続く言葉は、高笑いだけでなく、いくらかの関心をかき混ぜるかもしれない。キューバ革命が、あらゆる見込みや予想に対抗して、とりわけ、50年に亘る封鎖と社会主義革命にとって弔いの鐘が鳴らされたと思われた、世界を揺るがしたUSSRの崩壊にもかかわらず、生き延びてきたことは歴史的事実である。そうではなくて、単に生き延びただけではなく、キューバは、さらに、前代未聞の国際連帯のモデルを構成しながら、社会的に文化的に発達してきた。そして、忘れないようにしないといけないが、このすべてが、封鎖の制限の内部で生じたことである。封鎖した連中の目標は、いつも思い起こさなければならないが、ずっとキューバ人民の虐殺なのである。

 

 社会科学が、キューバ革命のこの希少な現象に対する、徹底した分析、説明あるいは激励を提供するにはまだ程遠いが、自然科学の隠喩的な利用が、考える上で役に立つかもしれない。チャールズ・ダーウィンは、自然の進化の一部として、適者のみが絶滅を生き延びることを示した。ひどい困難や一見したところでは乗り越えられそうにない課題を克服することを、民族を構成する圧倒的多数のキューバ人民に染み込ませたという意味では、キューバ革命は、実際に、「適者」である。

 敗北を拒否するこのメンタリティは、ラウルによる人民への呼びかけにも反映している。彼は次のように締めくくった。「キューバ革命の最高司令官、フィデル・カストロ・ルスを模範として、我々は復興に取り組もう。彼は常に勝利を信じて、鉄の意志を貫いて、我々に不可能なことはないと教えてくれた。この困難な時に、彼の遺産は我々を強くし、結び付けてくれる。」 フィデルは、同時に、彼の思想、行動とキューバ革命の模範を通して、主要な衝動であり、ガイドである。彼は、行く手を阻むあらゆる困難を打ち負かすために、キューバ内外のあらゆる敵対的な傾向からの攻撃を撃退する鉄の意志を体現しており、そして、勝利へ導く。

 

【国際連帯】

 今まで以上に、キューバは、物質的、精神的な支援を必要とし、それを受けるに値する。キューバが世界中からこのような連帯を受け取っている一方で、トランプは、再び、敵対法に署名し、キューバとベネズエラの人権侵害について9月13日付の声明を出した。この後に国務長官レックス・ティラーソンの冷淡な声明が続いた。彼は、9月16日に、アメリカ人外交官に対して、いわゆる、全体としてキューバによる、可聴の干渉が確立されなかったという観点から、合州国は、ハバナの大使館を閉鎖することを検討中であると述べた。彼は、非常に強力なイルマによるキューバ人民の苦しみに、まったく冷淡な無関心さで話した。「特定の個人の[アメリカ人外交官]が苦しんだことは、危害に関して非常に深刻な問題だ。」

 キューバ支援に対する西側政府によるこの頑固さは、例えば、合州国、カナダ、英国、残りのヨーロッパ、オーストラリアとニュージーランドとその他の国々は、キューバ支援のために草の根レベルで救援資金のために全力をつくしているこれらの国の連帯組織や機関の態度とは対照的である。キューバ革命が生き延びることを支援するという点では、これはまた政治的問題である。それはまた、今、前代未聞の気候変動に直面している。そのうえ、ハバナにいる私の同僚が同様に指摘するのは、ハリケーン・シーズンが終わるまで、まだ3か月もあるということである。

 

【アメリカの封鎖とイルマ】

 キューバはまた、マスメディアらによる新しい偽情報キャンペーンに直面している。多くは、「ボロボロ」の住宅、屋根と建物だと評してやりたい放題である。それは、特にハバナのような都市では、ある程度本当である。しかし、それはキューバ体制の特徴なのか?与えられる印象は、問題のある住宅やインフラは、完全にキューバの失敗であり、「社会主義の失敗」の証明である。しかし、封鎖の影響がどんなものであるか、それは、これらの報告では、大部分は完全に無視され、補足説明も切り縮められていないか?この偽情報の問題について相談を受けたハバナにいるキューバ人同僚が言うように、「これらのメディアが、封鎖の影響を隠したり、小さく見せることは、偶然ではない。」

 1961年以来の封鎖の蓄積された影響は、キューバの正常な経済的発展を深刻に妨害している。この封鎖自身は、当初の大虐殺という目標から、米帝国に対して、キューバが跪いて降参することへ変わった。イルマ襲撃直後のキューバのTVを見ていると、今、復興に当たっている時でも、封鎖が被害に破局的な影響を与えていたことが明らかである、例えば、建物やインフラを取ってみると、そこには、多分、封鎖の直接的な結果である、「ボロボロ」な住宅がある。2015-2016年の期間では、単年度で封鎖の損害は、30,868,200ドルに及ぶ。被害の主要な原因の一つは、軽量で有効な建設技術の利用やエネルギー部品の不足にある。それらは、合州国の市場では入手可能であり、合州国を拠点に置く子会社によって生産されている。

 キューバ国内では不足しているのだが、これが、「ボロボロ」の住宅の主な原因であり得ないのか?

 この状況は、キューバの外部で、キューバ革命に対する偽情報キャンペーンに反撃し、キューバに対する財政的、物質的精神的連帯の表明の一部として、封鎖の完全撤廃を要求することを義務づけている。

 

Arnold Augustは、カナダ人ジャーナリストで、講師。キューバ関連の著作が多数ある。(N)

原文URL:

https://www.telesurtv.net/english/opinion/Facing-Irma-in-Cuba-Saldremos-adelante-We-Can-Only-Move-Forward-20170922-0023.html

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趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

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