キューバにおける「黒人の生命こそ大切だ」

  • 2017.09.02 Saturday
  • 04:44

合衆国の白人至上主義は今に始まったわけではなく、トランプの公然とした人種差別発言で前面に表れたに過ぎない。黒人や有色人種は、ずっと差別されたままだ。「人種差別なしに資本主義は成り立たないのだ」 


黒人差別のない国キューバ

(Black Lives Matter in Cuba)

2017年8月21日 teleSUR(By Andrew King)発

Afro-Cubans in Havana Plaza

ハバナ広場のアフリカ系キューバ人。|写真: EFE

 

反人種差別、労働者中心の政策があるからこそ、米国政府がキューバに“人権侵害の国”のレッテルを貼るのだ。

 

 米国では、活動家が結束して白人至上主義に立ち向かっているが、より良い世界を見据えて人種及び経済面での公正を促進している国について学ぶことが重要である。トランプ大統領は6月にキューバについて語った演説で、オバマ前政権がキューバ-米の関係を改善すべく打ち出した諸策をすべて元に戻すと語ったのを聴くと、この島国キューバは見本となる社会ではないと思ってしまうかもしれない。しかし、なぜ、米国が60年にわたってこの社会主義国キューバに対して戦争と経済封鎖をエスカレートしてきたのかを理解するためにはキューバの歴史を理解しなければならない。帝国主義国アメリカが社会主義国キューバに対して続けてきた攻撃の柱となっていたのが人種差別問題なのだ。

 

【キューバ革命は人種差別問題に早くから取り組んだ】

 植民地国のほとんどがそうであるように、キューバも革命前は制度として過酷な人種差別が存在していた。黒人のキューバ人が最も抑圧された社会セクターを形成していた。黒人達はひどい職業差別を受け、公務員になることはほとんど不可能で、医療、交通、小売の面でもアクセスが出来なかった。米のジム・クロウ法(1876年から1964年にかけて存在した、人種差別的内容を含むアメリカ合衆国南部諸州の州法の総称)まがいの法体系がアフリカ系キューバ人を特定の地域、学校に追いやり、ホテルや海岸に近づくのを禁じていた。

抑圧された地域では無知が広がり、医療へのアクセスは出来なかった。カストロが1953年にモンカダ兵営の襲撃に失敗した後のことだが、カストロを山中に発見し、カストロの反乱の大義に共感し、モンカダ兵営ではなく、サンティアゴの刑務所に送ることでカストロの命を救ったのは、当時の独裁者バティスタの軍所属の黒人の中尉だったことはあまり知られていない。カストロがモンカダ兵営に送られていたら、70人のゲリラ兵士と一緒に銃殺されていたであろう。歴史は時に不思議な展開を見せるものだ。

 

 六年後にキューバ革命が勝利すると、革命政府が最優先で行ったのが、雇用、リクリエーション部面での人種差別の撤廃であった。革命軍はハバナに入ると黒人・貧民の立ち入り禁止の象徴であったホテルの塀を破壊した。カストロ政府は白人キューバ人特権層の私立学校を廃止し、全国民のための公立学校制度の創設に十分な予算を割り当てたのだった。

住居、雇用、医療、教育における人種差別を撤廃する法律が革命政府によって制定された。このため、白人の上層階級はマイアミに逃げて行ったが、労働者階級の黒人は社会主義革命政府にこぞって忠誠を誓ったのだった。人種差別との闘いと社会主義のための闘争は一緒に手を携えて進むものだ。

 キューバ革命によって、黒人労働者・農民の社会経済的条件は飛躍的に改善した:家賃の半減、土地の再分配、教育と医療の無償化などが全国民に対して行われた。革命前は、キューバ国民の四分の一以上が文字の読み書きができなかった。革命政府は大規模な識字キャンペーンを打ち上げ、遠隔地まで学生教員団を派遣した、そして1961年には非識字からの解放を宣言したのである。今では識字率は99.8%で、ラテンアメリカの中では最も高い。

 

【アフリカ系アメリカ人との連帯】

 キューバは黒人解放運動の導きの光の役割を果たしてきている。1960年にフィデルがハーレムのテレサホテルにマルコムXを訪ねたことは、キューバ革命の植民主義、白人優位主義に対する闘いを象徴する歴史的な出来事であった。マルコムとカストロは資本主義にとっては人種差別が極めて重要であることがわかっていて、マルコムは良く知られたことだが、「人種差別なしに資本主義は成り立たないのだ」と語っている。同じくカストロは、2001年の反人種差別世界大会において、「人種的偏見・人種差別と外国人嫌いは元々人間の本能的な反応なのではなく、戦争、軍事的支配、奴隷制、そして弱者を強大な権力者が個別に、集団として搾取することなどから直接生み出されてきたもので、人間社会の歴史に沿って生れてきたものなのだ」と語っている。

 

 黒人解放軍(Black Liberation Army)の元リーダーであり、アメリカにおいて最大の“お尋ね者”の一人でもあったアッサタ・シャクール(Assata Shakur)は1970年に脱獄し、キューバに亡命を求めた。キューバは、米国が決して許すことがないであろう罪を犯したこの革命的ヒロインを守ると誓った。今年の6月にトランプ大統領はキューバに対し、シャクールの返還を要求したが、外務審議官は「議論に値せず」と答えている。70年代を通じて、他にもエルドリッジ・クリーバー(Eldridge Cleaver, ヒューイ・ニュートン(Huey Newton)、ストクリー・カーマイケル( Stokely Carmichael)などのアフリカ系アメリカ人の革命家が革命国キューバを訪れている。過去数十年間は、黒人の司祭、コミュニティのリーダーが「平和を求める司祭(Pastors for Peace)」などの米―キューバ連帯運動を率いてきている。「平和を求める司祭」はキューバを通年20回も訪れ、キューバに対する米の経済封鎖の撤廃の意識向上を訴求している。事実、アフリカ系アメリカ人はキューバ人とのたゆむことのない、忠実な友人であり続けているのだ。

 

【アフリカの解放運動に貢献したキューバ】

 あまり知られていないのだが、キューバは60年代、70年代にアフリカの解放運動に対して歴史的にも重要な役割を果たしている。十年にも及ぶ期間、キューバは30万を超える志願兵をアンゴラに派遣した。帝国主義国のようにダイアモンド、石油、自然資源を求めてではなく、新たな独立国であるアンゴラを侵略した南アフリカのアパルトヘイト軍に闘いを挑み続ける反植民主義の闘士を支援するためである。

 ギニアビサウ共和国の伝説的独立運動指導者であるアミリカー・カブラル(Amilcar Cabral)は、このキューバの無私の連帯について、こう述べたことがある、“キューバの兵士が帰国する時に持ち帰るのは戦死した同志の亡骸だけだった。”キューバ軍はクイト・クアナヴァレ(Cuito Cuanavale)での戦闘において、南アフリカのアパルトヘイト軍を撃破したのだった。

 

 更には、キューバはアルジェリア、コンゴ、ギネス・ビサウに志願兵と軍隊を派遣したのだった。2000年のハーレム・リバーサイド教会での演説で、フィデルは次のように述べている。「50万のキューバ人が世界のいろいろな地域、特にアフリカの国々において国際主義者としての使命を全うした。彼等は、医師、教師、技師、建設労働者、兵士として現地で仕事をした。多くの人間が、人種差別主義でファシズムの南アフリカに投資し、取引をしていた時にキューバの数万人の志願兵は南アフリカの兵士と闘っていたのだ。」

 ネルソン・マンデラが牢獄から釈放されてすぐにキューバを訪れたのは、こうしたキューバの歴史的な国際主義者としての連帯に触発されたからであった。マンデラは、「キューバの人々はアフリカの人民の心の中で特別な位置を占めている。」と語った。

 

【社会主義国キューバの医療】

 キューバ革命が成し遂げた歴史的偉業の一つに世界でも一流といえる医療システムの創設がある。キューバ国民は全員が高度の医療を無料で受けることが出来るようになったのである。しかも黒人と歴史的に排斥されてきた人々も均等に医療を受けることが出来るようになったのである。全てのキューバ人が無料で総合医療を受けられるのに対し、米国(世界で最も豊かな国だ)の有色人種は極端な医療の不平等に苦しんでいて、32万の無保険の非高齢者の半数を占めている。キューバには米国に比べて二倍に相当する数の人口一人当たりの一次医療医師がいるが、これはコミュニティ・レベルでの予防医療を優先するためである。

 幼児の死亡率は一国の医療のレベルを表す、重要な指標である。革命前のキューバでは、幼児の死亡率は1000人当たり50人を超えていた。それが今では、4.3人まで下がっている。一方、世界で最も豊かな国、米国では死亡率が7.7なのである。更に、ミシシッピ州のような医療が行き届かない地域では9.6人と、キューバの倍を数えている。キューバでは、米国に比べても、黒人の幼児が遙かに大事にされているのだ。

 

【革命的な医師】

 国際社会が無視することが出来ない偉業があるとすれば、それはキューバの“医療の国際主義”であり、2014年には5万人のキューバの医師が世界中の60以上の発展途上国において人々の生命を救っている。世界中で活動家が抗議行動を行っている間にも、キューバは医療団をアフリカ、カリブ海の諸国に派遣し、文字通り黒人の生命を救うことで、“黒人の生命こそが大事”という信念を示している。キューバの医師は総合的な医療プログラムを実施していて、3千人の医師がサハラ砂漠以南の諸国に派遣されるようになっている。ジンバブエでは、前アパルトヘイト体制が黒人の医師の教育・訓練を行わなかったのだが、フィデルは「我々は8人から10人からなる医師団をジンバブエのすべての州に派遣した。医師団は総合医療の専門家、外科医、整形外科専門家、麻酔医、X線技術者などで構成されている。」と説明している。

 ハリケーン“カトリーナ”がアメリカを襲った直後、キューバ政府は災害医療の訓練を受けた専門家からなるヘンリー・リーブ団(1,500人の完全装備の災害医療の訓練を受けた医療専門家)を組織し黒人の生命を救助すべく、飛行機に乗り込みニューオーリンズに向かおうとしていた。

 

 ところが、ブッシュ大統領はキューバの申し出を断ったのである。そこで、ヘンリー・リーブ団の医師達はハイチに向かったのだった。ハイチは西半球で初の黒人の共和国であり、現在、数百人のキューバの医師、専門家が四百万の国民に無料で医療を提供している。2010年の大地震に際しては、キューバの医療専門家は72時間以内にハイチに到着していた。

 一方で、米国は数千人の海軍兵を送り込んだ。同じ派遣でも、資本主義社会と社会主義社会の価値観の違いを雄弁に物語っているといえる。悲惨な災害が発生すると、ある社会はその災害危機を利用し、黒人の生命を支配しようとするし、別の社会は黒人の生命を救おうとするのだ。最近のことだが、同じキューバの国際医療団は西アフリカでエボラ熱との闘いの先頭に立ち、外科医、集中医療医師、疫病専門家、小児科医達を派遣している。

 

 援助を求めている国々に自国キューバの医師を派遣することで十分な援助を行えない場合は、キューバ革命政府は他国からの医師を受け入れ、ハバナのラテンアメリカ医学校(ELAM)で無償で教育・訓練するという称賛に値する事を行ってきている。ELAMには現在19,000人の学生が登録されていて、そのほとんどがアフリカ、ラテンアメリカからの学生である。医学校はすべての学生にとって無料で、米国からのアフリカ系アメリカ人と低収入の学生には、帰国後、キューバでの医療訓練を活かして低収入層の人々に奉仕することに同意した場合に、百人に対して奨学金が与えられる。

 

 こうして社会的な獲得を実現してきたキューバだが、人種差別のユートピアにはほど遠い状態にある。黒人は今でも、高い地位の公務員の職、利益の高い観光業では、締め出されている。それに対して白人は“特別な時期”に現れた新たな市場経済部門にアクセスすることが黒人に比べて遙かに容易に出来るようになった。しかし、多くの人が認めているように、ある社会が400年も続いた人種差別の伝統を、革命後わずか50年で克服するのは容易なことではない。キューバにおける人種差別との闘いは現在進行形なのだ。この反人種差別と労働者中心のキューバの政策、米帝国主義に果敢にも立ち向かう姿勢があればこそ、米政府はキューバを“人権侵害の国”と呼ばわったのである。ところが、警察権力が何の咎めも受けず、黒人の生命を奪い、貧者に闘いを挑み続けているのが米政府なのだ。米政府こそ真の人権侵害者ではないか。キューバに対する経済封鎖を解除し、米の資本主義と人種差別主義をこそ封鎖しようではないか。黒人の生命が大事だとする国があるとすれば、それはキューバなのだ。

 

Andrew Kingは、Boston のマサチューセッツ大学の公共政策医学生で、学生活動家でもある。

“黒人の生命こそ大事”の組織化、人種・経済の公正を求める諸活動を支援している。またラテンアメリカの社会運動との連帯の組織化・研究を進めており、ベネズエラ、キューバを訪問している。

(S)

原文URL:

http://www.telesurtv.net/english/opinion/Black-Lives-Matter-in-Cuba-20170821-0020.html

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趣旨

今、ラテン・アメリカでキューバを先頭とする社会主義、ないし社会主義を志向する大衆闘争が注目です。特に、昨年末(2015年)アルゼンチン、ベネズエラで右翼が勝利し、米国に支援された反動右翼と進歩的な人民大衆との熾烈な階級闘争が繰り広げられています。日本のマスコミは歪められたものしか報道していません。 だからこそ今、目の前で闘われている大衆闘争について現地の報道機関やブログで報道されているものを日本語にして日本の労働者に紹介していくことは、国際連帯としても日本での民主主義を闘いとる闘争にとっても有意義なことであるように思います。

おことわり

このブログでは英文記事を翻訳してご紹介しておりますが、筆者はかなずしも英語に堪能であるわけではありません。 従って、多々誤訳等があるかと思いますが、ご容赦願います。

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